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おら嬉しいぞ!

2008/03/11 20:30

 

先日、首都にお邪魔しましただ。

ブログフレンドのひかりさんにお会いできたし
非常に嬉しゅうございました


ブログ上でフィーリングを感じてはいたんだが
会ってみると、これまたオモロイ人でしたしね。

Tokyoに行った甲斐があるっちゅーもんでさ。


本来の用件である知人との会食もできて
久々に出会ってのメシっちゅーのは最高だね
って思いながら夜は更けたわけです



やっぱ、楽しいね。

生まれ育ちは違えども
共鳴できる感覚は同じこと 非常に多し


また行きたいずら

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メール社会も難儀やね。

2008/03/03 19:44

 

メールの発達した世の中。

たいへん便利になったもんだ。相手が忙しくても
電話で邪魔することもあらへんし、向こうも都合の
いいタイミングで返信できるツールだしな。

しかし!
ちょいと疑問に思うこともしばしば発生してる。

こっちは基本、急ぎでなければメールを送るように
心がけているが、差し迫った状況 であったり
メールでは文面が煩雑になる、もしくは相手のニュアンスを
掴みたい内容であれば電話を使うのは当たり前。

しかし、電話で用件を伝えたくても電話に出ない
着信履歴をみて、その内容確認をメールで問われても
非常に困るわけだ。

『電話嫌いなのか?』
いや、
『俺と話すのが、そんなに嫌なんかい!(-_-メ)』
と勘ぐりたくもなる。

ってか、大人の付き合いである以上、先に挙げたところって
ある程度理解できるもん違ゃうの?と聴きたいぐらいだ。

かと言って相手の都合もあろうし、無理強いはできんし
強制するつもりも無い

しかし、一定の配慮を持ってもらわんと伝えたいことも
瞬時に伝えられない。 難儀だ。

ってな事実に直面すると、
『メールっちゅーツールも使い方次第やのぉ~』
と一人思考を巡らせてしまうわけさ。



ふぅ。

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リーダーたる条件。

2008/02/28 11:35

 

リーダーシップを執り続けるには、相当な覚悟と判断力が必要だ。

今まで口先だけの人間、いわば選挙対策や人気取りだけの輩も
多数見てきたが、その手合いにはリーダーたる条件が備わっていなかった

・リーダーは、誰しもが理解できる言葉で説明できなければならない
・リーダーは、時に冷徹な判断を下さなければならない
・リーダーは、思い遣りを持たなければならない
・リーダーは、短期的ではなく中長期的視野の判断力を持たなければならない
・リーダーは、我が身を削る覚悟で臨まなければならない
・リーダーは、自ら体現しなければならない


橋下さんは、今のところ3~4個当てはまる、といったところか・・・
今後、政策を推し進めていく中で、どれだけリーダーたる性格を
導きだせるか。
そのためには、日々のなかで反省もしなければならない。
自分を押し殺さねばならぬときもあろう。一瞬の痛みから目を逸らし
長期的安定を放棄すれば実現が難しいのも政治の世界。


期待をしているし、可能性を大きく秘めている人材だと俺は思う。

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そうか?

2008/02/28 11:22

 

俺は好きだぞ。麻生太郎

この間地元に来て、演説会してはったみたいだが
俺は仕事を抜けれなかったので行けなかった。

しかし、嫁は行きよった。

悔しかった。

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想像以上に。

2008/02/28 09:39

 

出版業界は厳しい状況にあるようやね。

過去の作品を使い出すときは、斬新的アイディアの行き詰まりや
少しひねった企画では市場を喚起するに至らない現状があるから
と、俺は思うのよ。

今回の件をきっかけとして、出版業界の合従連衡が進むかも
と予測してみる。
企業の経営合理化、業界の淘汰と言う面では整理的意味合いが
強まって新たな方向に進む面もあるかとは思うのだが、出版社
それぞれの特徴が失われ、面白みが欠けていく側面も危惧して
おく必要があるとは思う。

漫画はどうでも良いのだが、知識を得るための書籍群のバリエーションが
薄くなってしまうのは御免だ。

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想像するほど・・・。

2008/02/28 09:25

 

ギャグマンガの世界やね。こりゃ。

俺っちの嫁はんも吸わんから、いつぞやヤラレるかも知れん。

ま、ウチの場合は消火器じゃなく


水ですけどバケツ3杯分。

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ま、結局ね~。

2008/02/27 17:54

 

作法一つ取っても、それを学んでいないし
脈脈と受け継ぐべき重要性を認識していないからさ。

別に子供の頃に、作法の大切さを理解していなくとも、
無作法な持ち方をしたら『恥ずかしいこと』と教えられたもんさ。

今の、無作法一直線の子供の親は、その辺無理解なんだな。
理解できない精神構造に染まっている、と言った方が正解か!

作法は、別に生きるために重要か?といえば、別に重要で無い
んなもん無くても生きては、いける。

しかし、その作法を身に付け実践することで、心の成長・・・
しいては伝統の重要性を後になって気付ける"機会"を
与えられているんやと思うんや。

作法といえば"道"。
茶道、華道、柔道、剣道・・・などなど全て道には、心の鍛錬に
繋がる要素が詰まっている。


いまの時世が象徴する
『声高な権利主張、果たさない義務。』
の風潮は、結構こう言う要素に多分にあると思うで。

自分本位、人の痛みに気づかない、拝金主義・・・
これらは時代の流れの側面が大いにあるが、せめて心の鍛錬を
受け継ぎ、広めることが出来れば、少なからず今の世の中マシになる。

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ま、アノ国は。

2008/02/22 18:38

 

ストレートな直球をぶつけても、反感を生むだけなんだな。

面子を重んじる国柄ゆえ、面子を立てる方法で攻めないと
日本にとってはデメリットしか生まない気がするぜ。

味方につけたら強いが、敵対していると非常に厳しい

どうしたらChinaを味方につけられるか、これは外交戦略の
基本となるやろね。

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いよいよ。

2008/02/21 19:25

 

今日・・・勤務先で退職社内発表がありました。オレの。

感極まりますなぁ。自分で選んだ道とは言え、一抹の寂しさを
感じてしまう今日この頃。

ま、発表する前に大方の同僚は知ってたがね。俺も言うてたし。



んで、仲の良い取引先の担当にも連絡したりしとったんだが。
まさか、そこでスカウトされるとはねぇ・・・(-。-)y-゜゜゜

もう行先決まってまんがな\(◎o◎)/!

そう言われてもグラッと来ない・・・と言えばウソになるけど、
やっぱり自分で選択し、決断した以上はね・・・全うするのが筋やね。
ご縁は大切にすべきだし、オレのスタンスはそこにある。

ま、そこの担当とは一杯交わしたい、って思ってて、そこの縁も
大切にしたいよね。

昨日はオレより一つ年齢下の得意先担当と昼飯をともにしたが
やはり話していて楽しい、っちゅーか相互に刺激があって、お互いが
気持ちよぅ語り合える場って、エェよな~って思うのよ。

そういう人間とは、やはりこれからもプライベートでも飯食いたいし
飲みたいし・・・俺の上司にもそういう人がいるからね。
業種は変われど、刺激を受け、刺激を与えあえる関係は不滅だと思う。

仲良しグループを形成するちゅーわけや無いけど、つながりの深い関係って
やっぱり互いに共鳴し会える関係があるからこそ、そうなるんだろうな、って思う。
類は友を呼ぶ───まさにその通りである。

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感謝から生まれる、人生観。

2008/02/20 19:32

 

今、自分がここに居る(頑張れる)のは、誰のお陰か?』

人と言う生き物は、理性を持ち、感情を持つ、非常に崇高な存在だと思う。
しかし、その崇高であるべき存在を、自分自身が貶めていることはしばしば。

動物世界では、”自分”がどう行動するかによって、生き死にに関わるが
人間は、周囲との密接な係わり合いが、それ以上に複雑な人生を構築する。

メインテーマである、『今、自分がここに居る(頑張れる)のは、誰のお陰か?』を
問うたとき、明確に、純粋に、自信を持って応えられる人間がどれぐらい居るのだろう?

人は感謝できる生き物。
しかし、その感謝を忘れてしまう特性をもつ生き物でもあろう。


今存在できている、生活がうまくいっている、会社で頑張って働けている・・・
それぞれに充実感や、幸福感を味わうとき、その根底にある"誰かの支え"を
感じ取れるているか?と言う側面を捉えてみたい。

存在で言うならば、親があり、そのまた親があり、そのまた親・・・・・・多くの祖先が
あってこその”自分の存在”であり、けして自分ひとりの力で為しうる物ではない。
過程ならば、子供がいるから元気になれる、妻の笑顔が癒してくれる・・・などが
自分のパワーの源泉となっているであろう。
仕事ならば、同僚の支え、上司の支え・・・そして見えない面での得意先からの
支え。

日々生きていると、それを”当たり前”と感じてしまう。当たり前だから忘れてしまう。
しかし、自分が充実を感じ、楽しさを感じれる瞬間があるのなら、それは周囲の
「目に見えない」支えがあるからこそ、なし得ているに他ならない。

支えの重要さを感じてから、一年経ち、二年経ち・・・本来感謝すべき相手を
疑り、罵倒し、蔑むなど・・・以ての外である。

その支え無しには、”今”が存在していない可能性が多大にあるにも関わらず
平気でそれを感じてしまう感覚が生まれると、すなわち自分自身の生きる道すら
自ら断っていることと、何ら変わらないと思うんだ。

感謝すればいい
感謝を元に、結果を出せばいい
自分が生きていけることを、深く探求するべきだ

それなしに、10年20年、満足に生きることなぞ出来やしない。


だからこそ、オレは感謝したいし、するべきだと感じている。
それが、オレの生きる道。

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